坂を下りて、開けた道に出る。



車が通っていないのを確認してから、浜辺に下りて波打ち際を散歩。

それが僕の日課。



 でこぼこしてきちんと舗装されていない道は石ころがいっぱい転がっている。


最近、この道を車が通る頻度は激減した。大きな道路が、この集落を迂回するようにできたのだと、ばばが言っていた。

「…ま、いいことだと思うわよ。交通量が少ないからって飛ばす奴ら多かったし…」

先週、ばばの元をたずねてきた美智がそういった。

「いいことなもんか。誰も通らんようになったらますます寂れていってしまうわ」

ばばは新しい道路に反対しているようだ。


「いいことじゃない。望が車にでもはねられたら大変じゃない。ね、望」

そう言って、美智は僕の頭をなでた。 ばばのしわしわの手と違って、あったかくてやわらかい。




「じゃ、私帰るから。 またしばらくしたら来るわ」


「もう帰るんか。来たばっかりやろうが」

ばばの声が聞こえなかったのか、美智はすたすたと玄関へと向かう。



僕は慌ててその後を追った。

「…また来るわ。母さんのことよろしくね、望」

美智はまた僕の頭をなでて、車の中へと消える。僕は何も言わずに発信する車を見送った。

美智はいつもそうだ。ふと思い立ったときに来て、そして僕とばばの顔を見ると、すぐに帰ってしまう。

お化粧をして明るい色の服を着た人は僕は美智以外に見たことがない。

美智がこの町で1番綺麗なんだ。 だから街に出ていった。





「望を預けたまま、引取りにも来やしないで…っ」

ばばは美智が帰った後はしばらく機嫌が悪い。

ばばは美智が嫌いなのだろうか。


「望が可哀想だ」


ばばはそう言って美智を責めるけど、僕は綺麗な美智が自慢だから別に悲しくはないのに。



ひとしきり文句を言った後、ばばはこたつに入って横になってしまった。

僕はお腹がすいていたから、本当はお昼ご飯作って欲しかったのだけど、今言うときっとまた文句を言われるに違いない。

「全く、1人暮らしが楽だったのに、望を押し付けて…」

ばばが眠いときにご飯を頼むと、決まってそういわれる。もちろん、それでもご飯を作ってくれるばばは優しいのだけれど。




ばばも眠ってしまったので、散歩に出ることにした。

道に出ると、確かに車は1台も通っていなかった。でも、それもいつものことだ。

でこぼこの道を横切って、浜辺に下りる。


お昼の暖かい空気が沈殿した 静かな集落。

 町と名はつけど、入り組んだ海岸線と張り出している山に挟まれた小さな集落といった風だ。

車も通らず、遠く見える農道で手押し車を押しながら、おばあさんが歩いている。動いているものはそれだけ。

町中が息を潜めている昼下がり。


あとは、波の音だけ。



砂浜をじやりじゃりと歩く。その音が好きで、僕はいつも飛び跳ねながら歩く。

じゃりっ  じゃりっ    


いつものお昼寝ポイントまであと少し。 山から浜に抜ける排水の洞穴のちょっと先。


洞穴の横はちょっとした日陰になっていて、僕はばばが起きて夕ご飯の支度をしてくれるまで、いつもここで昼寝をする。



「…」


最後の一跳ねでお昼寝ポイントにたどり着いた。…と思ったらそこには先客。


「…」

お互いの視線が絡みあい、しばし波の音も聞こえなくなる。



「…もしかして、ここ、あなたの場所?」


女が先に口を開いた。

こくり、と頷くと、女はにっこりと笑った。

「でも、今日は私が先に座ったんだ」


譲ってくれるのかと思ったが、一向にどく気配はなく。  どうしようかと、立ち尽くしていると、女がゆっくりと横にずれた。


「半分こ」

ぽんぽんと自分の横を叩いて、またにっこりと笑った。

僕は仕方なく横に座る。

しばし沈黙。  どちらも何もしゃべらない。


…こっそり盗み見てみる。

見たことない女だ。この集落には老人しかいない。小学校も中学校も当の昔に廃校となり、子供たちは隣の市へと引っ越していった。

引っ越していくものは多くても、引っ越してきた人を、すくなくとも僕は知らない。

美智とは違い、お世辞にも綺麗とは言えない。どちらかといえば太めの体に、茶色い髪の毛は傍から見ても手触り悪そうな感じで。

着ている服はGパンにTシャツ、色も黒いし、化粧もしていない。

美智の方が何十倍も綺麗だ。


唯一、この女が美智と同じなのは、その色の白さくらいだ。


「…私はキエよ」

自己紹介はされたが、どこの人かもわからない。とりあえず、頷くだけにしておいた。


「…また明日もここでね」


キエは日が傾き始める前に立ち上がる。

ぱたぱたとGパンについた砂を払い、じゃりじやりと音を立てて立ち去っていった。

僕の家と反対方向。



誰だろう。ばばなら知っているのかな。


そろそろ、日が傾き始めていた。